水晶穹

           〜遥かなる君の声 後日談・その2
           なんちゃってファンタジー“鳥籠の少年”続編
 


 それでなくとも此処は、あの王城キングダムやその首都にあたる城塞都市があったとこから、うんと離れた南の果てだ。常夏とまでは行かないが、それでも随分と温暖な気候で、それが証拠に冬場も滅多には雪が降らないほど。暦の上ではやっと1年の半ばの月だというに、此処いらではもう上着は要らずの、すっかりと夏のような陽射しと青空が顔を出しており。そこいらで目につく木々や茂みは、陽光がもっともっと強くなる夏に向け、春先、萌え出したときは柔らかだった若葉たちが、どんどんその色合いを濃くしつつある。そこへと、
「…わっ。」
 時折、思いがけない突風が吹きつけるのは、このいいお天気を塗り潰す大きな雨雲の気配が、南洋上からじわじわと近づいて来ているから。このくらいのことならば、低気圧がどうの海流がどうのなんていう、専門的な気象のお勉強なんて必要のない、いわゆる“一般常識”としての知識であり、村のお年寄りなら誰でも知っている。そんな色々を、耕作の端々にやたら感心しながら教わっている、お若くて屈強な顔触れの皆様が住人として増えたことから、村の空気もずんと変わった。様々な工夫や機巧
(からくり)の発達で、遠くまでもを楽々運べる乗り物や何やが大きな街や都市には導入されての、そりゃあにぎやかな発展を見せていることに惹かれてのこと。昔からの農耕しか取り柄のないこんな田舎からは、若い顔触れがどんどんとそちらへ移って行っての過疎化が進み。作物を買い付けに訪のう商人以外には来る人もないままに、このまま逼塞が進んでの枯れ果ててしまうものかと思われたところへ。いつごろから住まわっていたのかをそういえば誰も覚えていない、それを思うと不思議な存在だった小さな少年が、この春先に旅先から何年か振りに戻って来たのだが。
『あれあれ、これは…。』
『この方々は一体?』
 この子は以前、何物かに攫われてしまったことがあって。そこから助け出して下さったという恩人の騎士様を、村まで連れ帰ったこともあったのだけれど。今度の帰還では、それどころじゃあない、二十数人というほどもの大勢の方々にそれは大事に守られての“お里帰り”を果たしたその上に、

 『お願いですから、この地に住まうことをお許し下さいませんか』

 本来は、ここからずっと遠い北の都をお治めになられておいでの、尊い御方の配下の方々。その王様の指示により、少年を預かっての護衛として来てもらっただけであり。それだけでも勿体ないこと、お役目ご苦労様でした、どうかご無事にお国までお帰りくださいませねと、少年がお別れを告げたところが、改めての言上としてこんなことを申し出た彼らであり。
『えっとぉ…?』
 何が何やら事態の流れがまるきり飲み込めず、戸惑いのままに大きな瞳を瞬いた瀬那へ。部隊長殿が言いつのったのは、次の通りの一通り。

『本当ならばこの後もこの地に居残り、あなた様をお守りし続けよということが主上から授かりし特命ですのに、そんな大仰なことは要りませんとの仰せ。我らが王は、あなた様も御存知の通り、それは屈託のない寛大なご気性をなさっておいでですので、特命を果たせぬからと言って、まさかに厳しいお仕置きが待っているような、そんな剣呑なこともありませぬでしょうが。実は実は、それとは別のお声もいただいておりました。』

『…別のお声?』

 相変わらずの朴念仁だが、それが戦略手配であれば…多少は通じてもいる白い騎士殿の方が、これには珍しくもセナより先に話の先を見通したらしく、
『…。』
 キョトンとするセナが向けて来た視線へ、精悍な彼が ただただやんわりと和んだ眼差しを返しただけだったのも。自分が彼らの立場であったなら、やはりそうしたろうと思ったからだそうで。
『もしも住人の皆様がご承諾下さるのならば…。』
 王城キングダムの護衛兵らとしてではなく、この地へ新天地を求めてやって来た働き手の一団として、移住滞在することを認めてはいただけませんでしょうか…と。隊長以下、全員がお願いしますと懇願の構えを示したものだから、
『えええ…っ?!』
 セナはただただびっくりしたものの、それ以上はないほど素性もしっかりした、何より若々しくも壮健な男衆の皆様が一気にこんなにもおいで下さるだなんてと、村人たちはどれほど喜んだことか。実はこの皆様はすべて、農家の出の方々でもあったゆえ、耕作仕事への勘というものも一通りは身につけておられての馴染みもお早く…と。何だかとんとん拍子に話が進んでの、初夏のころをば迎えているという次第。
“これって、モン太くんの計らいというよりも、皇太后様のお考えになられたことなんだろうな。”
 どこか腰が引けているのみならず、王族の人間という肩書を持て余していた節のあったセナだから、きっと彼らの仰々しい護衛を辞退するに違いないと読まれての、先手というか“もう一手”というか。奥ゆかしいのがいかんとは言わない。むしろ美徳でもあろう“彼らしさ”だし、優しい心だてを尊重してもやりたいが。王家の人間で、しかも“光の公主”でもあるセナを、そんな遠くへ、しかもたった独りで返すというだけでもとんでもないと思った皇太后様。成程、護衛という役回りには…相思相愛、どこへ行くと言い出したって彼だけは絶対に付き従うこと、もはや衆知の事実だろう“白い騎士”殿だけで十分だとしても、聞けば随分と鄙びた寒村へ戻りたいと言っているセナであり。故郷に等しい土地だそうだが、これまでの長きをそのような不便な地にて不自由させていたことの埋め合わせもかねての手配、少しでも暖かく栄えてくれたらと、そのための助けになりそうなと見込んだ顔触れを厳選しての、送り出した手際はおサスガで。働き手さえ居れば、土地も気候もなかなかに恵まれた土地。耕作仕事に縁があり、されど生まれ故郷の大地はつれなかったことからの諦めて、お城勤めを選んだというよな、そんな方々を見抜いての抜擢した眼力の物凄さよ。そんなこんながあっての初夏を迎え、あちこちに乾き切った更地の広がる閑散とした光景の多い村だったものが、今や生き生き瑞々しい緑もふんだん、伸びやかな声が飛び交いの、何とも活気に満ちた様相を呈して見違えるようになっており、
「あら、セナくん。こんにちは。」
「こ、こんにちはです。////////
 これもまた大きな変化。旬の作物を売り歩きにと出向いた近隣の村や里にて、
『あら? 今年は随分と若い人が売りに出ているのね。』
 妙齢のご婦人たちが目ざとくも気づいて下さってのお声かけをされたり、春のフェスティバルや何やで睦まじい間柄のカップルが出来上がったり。そんな女性らが村までわざわざこうやって訪ねて来るようにもなったことからも、村の空気は一層華やいだそれとなっていて。………少子化対策にって“合コン”を企画する県や市があるって聞いたけど、あながち間違った方向ではないんでしょうね、あれって。

  ――― とはいえど。

 それらをもたらす契機を持ち込んだ当のご本人、小さな公主様はといえば。ちょっぴり及び腰なお愛想にてのご挨拶を交わし、十分通り過ぎてから、小さな肩をこっそり落としてみたりもし。

 “…あんまり綺麗な方ばかり来てほしくはないなぁ。”

 して、そのココロは?

 “だって、サ。”

 慣れない女性との対話が苦手だってこともあるし、なのにどうしてだか…ここいらで同じ世代の男の子が少ないその上、こうまでお行儀のいい“はにかみ屋さん”なところがやっぱり受けてのことだろう。妙に構われてのお声かけとか話しかけとかされるのが困ってしまうのと…それからそれから。

 “進さんには、あんまり話しかけてほしくないし。//////////

 他の皆様だとて、王城キングダムが誇る衛士隊の精鋭の方々ばかりだが、そんな彼らからさえ うんとのこと群を抜いて凛々しくて存在感のある白き騎士様だけは、あのね? やっぱり皆様から慕われてほしいような、でもでもあのあの、セナだけの特別な方で居続けててほしいような。
“…これって我儘なのかなぁ。/////
 人と接する機会の少なかったお人だから、むしろ沢山の方々との交流を持つことで慣れて下さった方がいいのかなぁ。どこか寡黙が過ぎての重厚な方だから、恐持てして見えなくもなくって。そんな風に誤解されての怖がられてしまうのは、いいことじゃあないに違いないのだし。
“でもあの、う〜んと。///////
 正道が見えてて、でもでもそれを選ぶのはイヤだなんて。
“お城で甘やかされた名残りかなぁ…?”
 ボクって相当に我儘になってるやと、自分のくせっ毛の乗っかった頭をこつんこと、小さな拳でこづいてしまう、小さな皇子様だったりもするのである。





            ◇



 この大陸に限った話ではなく、世界中をも取り込まんとする“負世界”から来たった襲来者。虚無という混沌へ何もかもを飲み込んでの滅ぼしてしまう“闇の眷属”が、あと僅かな間合いをもってして召喚されるところだったという危機を目の当たりにし。必死に取りすがっての抵抗を重ね、何百年がかりでの企み、討ち果たしたのはほんの数カ月ほど前のこと。セナが頼もしい導師様がたの導きによって訪のうた聖域の地にて、アクア・クリスタルという水晶のオーブを貰い受け、それを大地の精霊のドワーフさんが煉鉄へ鋳込んでの完成した“水晶の剣”は。進にかけられていた強力な呪縛を解いての解放をし、闇の咒を弾く強靭な盾となり、そうしてそして最後には、

  ――― それは荘厳な輝きを放つ、大きな聖弓となって。

 きりきりと引き絞られた弓へつがえられたは、セナの身体から現れた目映いまでの光の矢。小柄な彼の腕の差し渡し、尋の長さという丈しかなかったそれだったのに、弓の先にてそれは大きな渦を…光の螺旋を描いて見せて。地底深くの“大陸の底”に充満していた重苦しい闇ごと、その場の空気を一気に制圧したほどの力を宿しており。そして、

 『が…ぐあぁぁあぁぁっっ!!!』

 炎獄の民をいいように操り、あれほどまでの策謀を巡らせ、途轍もない咒力を発揮していた闇の者。あまりに大きな咒が反転しての呪いに捕まり、その意志も理性も闇の咒力に飲み込まれての、冒され喰(は)まれて。もはや亡骸にも等しき幽鬼になり果てていた老爺の虚体を、聖なる輝き、真珠色の燦光まとわした神威にて貫いての、有無をも言わさずの反転侵食をもってして“浄化”を施し。灰となっての崩れ去り、跡形もなくとは正にこのこと、光に蕩けての微塵も残さず、消えてしまった悪魔の残滓を見送って。

 『………。』

 何とも言えぬ静寂が訪れた中、白い騎士殿の腕へと装備されていた大弓は…するすると光の中にて形を変えて。元の楯となり、そこから細く尖っての剣にまで戻り、セナの手へと戻されて。ああやっと終わったのですねと、今にも泣きたいようなお顔になった、小さい身なれど精根振り絞って奮闘し尽くした公主様へは。進だけではなく、その場にいた黒魔導師や封印の導師、それからそれから…健気な彼へと遠方のそれぞれから励ましの祈りを送り続けた誰もが安堵し、畏敬と崇拝の想いを贈ってやまなかったそうである。




 どちらが力持ちか、どちらが向いているのかを慮
(かんがみ)てのこと。家のお仕事はセナが、畑の手入れは進が受け持つという担当配分は。3年ほど前に持ち上がってのそのまま対峙した、最初の魔女騒動に突入するまでの短い間の同居のころから、何とはなくの取り決めになっていたことであり。二人揃って早起きをすると、セナの作った朝ご飯を食べて、進さんはそのまま畑へと出向き、セナは残って家事全般に取り掛かる。お洗濯やお掃除を片付けの、食事の支度に必要なものが手持ちに足りなければ、庭先の小さめの畑で収穫したり、ご近所へ出向いて…バター作りがお上手なマルガリーテさんのところで、新鮮な牛乳やバターを進さんが取って来たマッシュルームや鱒と交換してもらったりもし。お昼はお弁当を抱えて畑まで。早いものだともう収穫出来る青物とかがあったりするので、それを束ねての持ち帰り、昼からの市場が立つ隣町まで出向くという元衛士の若衆に“これも売って来て下さい”とお願いし…と。すっかり農村の生活のリズムというもの、取り戻している今日このごろで。それでも、

 「きゅ〜〜〜☆」
 「あ、カメちゃん。」

 晩になっての家の中でならと、セナが好きなドウナガリクオオトカゲの姿になっている聖鳥のカメちゃんが、戸棚の扉を尻尾で叩いてしまってのその弾み。細長いもの入れの扉がぱかりと開いて、中に詰め込まれてあったものが幾つか、とさんぱさんと落ちて来た模様。タオルや新しいタワシなどなど、重いものは入っていなかった場所なので、
「痛くはなかった?」
 彼の上へと落ちたとて、さしたるお怪我はしなかったことだろけれど。不意なこととて驚いたのか、しゃがみこんで抱き上げたセナの懐ろにきゅうきゅうとお顔を擦り付けて見せ、それから………。

 「わっ☆」

 ぽむっと、仄かに湯気のような煙が上がったと同時。小さなセナでも抱え上げられたサイズの大トカゲくんから、
「きゅう〜ん。」
「カ、カメちゃん?」
 向かい合うセナと瓜二つの男の子へ、メタモルフォゼしていたりするのは…どういうお茶目か反動なのか。
「えっと〜〜〜。////////
 か細い腕をお背まで回しての、きゅうとしがみついてくる温みは柔らかで暖かく。頬をすりすりとこちらのお胸へ擦りつける所作といい、セナ様セナ様、びっくりしちゃったの、撫でて撫でてと潤みの強い眼差しにて見上げてくるお顔はとっても可愛いしで、
“…セナ様は、あまり鏡をご覧にならぬから。”
 そうしておれば多少は慣れもしようにと、至って冷静に分析しつつ。表の井戸から汲んで来た清水を汲み置き用の甕へと満たしていた白き騎士殿、てきぱきとお片付けを終えるとそんな彼らの座り込んでる間近まで足を運び、
「あ…☆ ////////
 どういたしましょうかと訊くまでもないと、二人ともどもひょいっとばかり、その雄々しき双肩へ振り分けての軽々とかつぎ上げ、すたすた居間の方へと戻ってしまわれる。そうして小さなソファーへほぼ同時に二人の主上を降ろして差し上げ、
「セナ様。」
 必ずの間違えることなく。セナの方へとお声をかけて下さるので、
「きゅいvv
 それを聞いてのことだろう、聖鳥さんが変化
(へんげ)していた方の皇子はあっさりと元の姿へ戻ってしまい。本物の皇子様のお膝へ、のしのし乗り上がって落ち着くのが…いつもの展開。
「もうもう、カメちゃんたら。////////
 毎回、その切っ掛けには様々なバリエーションがあるのだが、結末は似たようなものばかり。どうやらカメちゃんなりのお遊びのつもりでもあるらしく、ゆ〜っくりとした動作で振り上げたお顔、もしかしたら小首を傾げて見せての“キュ〜イ?”と鳴いておどける仕草がまた、何とも愛嬌があって、
「…そんなしたってダメなんだからねvv」
 言いようとは裏腹、セナには堪らなく可愛く見えてしまうらしい。指の腹で頭を撫で撫でしてあげて、あっと言う間に御機嫌を直した主上様の笑顔には、
「…。」
 白い騎士様も大いに心潤されたようで。深色の眼差しが何とも言えぬ和んだ柔らかさに細められ、
「あ…えと…。///////
 そんな騎士様に見つめられていると気づいての、我に返った公主様もまた、頬を真っ赤にしての含羞んで。さして言葉は交わさずとも、何とも擽ったい空気に満ちてしまうお二人だったりするのである。………よかったですよね、カメちゃんがいてくれて。
(苦笑) 冗談はさておいて、
「進さんにはどうして見分けがつくのですか?」
 カメちゃんがあんな風にセナ様へと変化して見せるお茶目をするたんび、進さんは必ず間違えず、本物のセナの側をちゃんと言い当ててしまう。セナ自身は比較のしようのないことながら、
「カメちゃんの方に親しみの深い葉柱さんでさえ、どっちがどっちか判らなくなると言ってらしたのに。」
 光の公主の覚醒を察知したことから、あの“金のカナリア”さんへと施されていた封印を解くべく。このカメちゃんを抱えての旅を、長々と続けておいでだったという葉柱さんであり。見た目での見分けは不可能だとしたって、そこは封印の導師様、気配の嗅ぎ分けという手だって使えようところが、やっぱり見分けは出来なかったと降参されていらしたのにね。なのに…咒には馴染みのないはずの進さんがどうしてまた、あんなにも完璧な変化を見破ってしまえるのかが、セナには不思議でしようがなくて。
「…畏れながら、私には難しいことではありません。」
 立ったままでは不遜だからと、目礼を捧げてからお隣の椅子へと腰を下ろした騎士様は、本当に難儀ではないからこそのさらりとした口調でそうと告げ、
「確かに寸分違わずという精度で似ておいでですが、困っておられる態度やお顔で、容易く判るというものです。」
「でも。このところはカメちゃんも、お顔の様子まで真似していますよ?」
 簡単に当てられては面白くないとでもいうものか、真似っこされて困ってますというお顔をまで、セナのそれと同じように繕うカメちゃんだったりもするのにと、重ねて言いつのったセナ様だったが、
「…。」
 進さんはただ、ゆるゆるとかぶりを振って見せただけ。そのくらいのことで混乱する次元のお話ではないということなのだろう。そして、ということは…。

 「えと…。///////

 えとえと、あのその。もしかして、ちょびっとほど、
“自惚れても…いいのかな?///////
 小さな公主様、彼にとっては“えいっ”とたいそうな勢いつけての思い切らねば、形にさえ出来ない大胆なこと、
“ボクって、進さんの…特別な存在に、少しは なれているのかな。”
 その小さなお胸でこそりと思い立たれていたりするのだが。もっと自惚れて下さいと、それこそ、叱られるか懇願されるかだと思う人、手を挙げてvv

  「セナ様?」
  「…っ☆ な、なななんでもありませんっ!////////

 先が思いやられますねと、今の姿ではなかなか判りにくいながら、カメちゃんがこそり、胸の裡
(うち)にて呟いた。そんな宵まぐれのことだったそうでございます。





  〜Fine〜  07.6.02.〜6.03.


  *こちらでは、
   セナくん進さんサイドの、直後とその後をもう少し。
   それにつけても、
   蛭魔さんがいないとカメちゃんがツッコミ役になる人たちって一体。
(苦笑)

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